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10月
26
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昨日、キム・ヘギョンちゃんのインタビューを見て、マスコミに対して腹が立って仕方ない。確かに、日本には報道の自由がある。でも、これは、報道の乱用であり、報道の名の元の暴力だったと思う。そして、腹が立つのは、北朝鮮の政治的策略丸見えなのに、「スクープ」に飛びつき、いたいけない少女の心の中を土足で踏み散らした。あれは、報道の自由では無く、暴力そのものだったと思う。
キム・ヘギョンちゃんが、突然母親が日本人だと、肉親でもない人から聞かされたは、まだほんの9月17日の事。憎い国の血が流れているという事実は、アイデンティ・クライシスに陥っても可笑しくないほどの衝撃だと思う。そして、15歳と言えば多感な時期。その衝撃を受けて間もない少女に、「貴方の母さんは、拉致されて来たという事を知っていますか?」そんな質問をどうしてするのですか?その言葉を聞いた時の彼女の顔は、衝撃を隠せなかった。そんな衝撃な事を見ず知らずの日本人記者から知らされて、その場には支えてくれる家族や友人は居ない。そして、何人もの知らない大人が矢継ぎ早に質問されて、テレビカメラの前で応えなくてはいけないなんて可哀想すぎる。本当に見ていて、記者達に腹がたって、仕方なかった。記者たちに聞きたい「もし自分の娘だったらそんな事が出来ますか?」本当に腹が立つ。想像力が無さ過ぎる。もっと、良い本を読みなさい!いい本や文学を読めば、想像力が養われるから人の痛みが分かるようになって、社会は少しは良くなる。
想像力が無いと言えば、あの映像を見た現在一時帰国していらっしゃる方がどんな思いであの映像を見るか考えて報道したのだろうか?たぶんそんなことは考えていない。関係者は「スクープがとれた」「高視聴率がとれた」といい気になっているのだろう。本当に、アホかと言いたくなる。置いてきた子供達が、両親が居ない間に、同じ目に遭うかも知れない。そして、そんな事が起こった場合、もしその場に自分たちが側にいて支えてあげられないのは、断腸の思いだと思います。そして、一刻も早く北朝鮮に帰りたいと思うに決まっています。親は子供を助けたい、守りたいと思うものです。ましてや離れて居れば、色々な想像をして不安になります。子供を持っていない私にだってそれくらい簡単に想像できる。
確かに拉致問題は国家的政治問題です。でも、苦しんでいるのは、被害者とその家族という「個人」です。つまり拉致問題は、国の問題であると同時に「個人」の問題です。だから、それを報道するマスコミは、個人に暴力を振るってはダメだと思う。日本のマスコミ、もう少し大人になって欲しいです。報道の自由と報道の乱用をはき違えて、報道という名の元で暴力を振るわないで欲しい。
P.S.
ふぐちゃんは元気です。今日、Tちゃんがふぐちゃんを見に遊びに来てくれました。Tちゃん、英語のお勉強が大好きで、いつもは「○○ちゃん、これは、英語で何ていうの?」「英語のお勉強しよ。」「英語のゲームしよ。」と言うのに、今日は少し風邪気味で、元気が無かった。Tちゃんと遊ぶの楽しみにしていたのに、残念。
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